今回のテーマは「専門医資格更新のための地方勤務義務化騒動」についてです。
2021年1~3月、ある情報が医師界隈に大きな衝撃と動揺を与えました。
それは、
「専門医資格を更新するための条件として、地方(僻地)勤務を義務化する方向で議論が進められている」
というものでした。
結論から言うと、大きな反発を招きこの話は立ち消えになったようです。そして現在、この件は話題にも上らなくなりました。
今回の記事では、半年が経ち全貌がみえた今の視点から、この件について解説・総括をしていきたいと思います。
※この記事は公式発表の事実のみだけではなく、周囲の医師やSNSの反応、僕の解釈といった「主観」が多く含まれています。
経過
概要
この件の全貌は、下記の2記事を読むと分かりやすいと思います。
記事①:m3.com, 専門医「更新試験」「地域医療従事」、18領域で抗議も
記事②:m3.com, 専門医更新、「一度は地域医療従事」が要件 – 寺本民生・日本専門医機構理事長に聞く
簡単に経過をまとめると、下記の通りです。
(日本専門医機構(以下、機構)で、専門医資格更新の要件として1年間地域医療従事を課すことが検討されていた。)
・2020年10月:基盤領域学会(以下、学会)に、この件の検討依頼があった。
・2020年12月:学会が機構に対し、「強い抗議」を行った。
・2021年1月:機構理事長へのインタビュー記事によって、一般医師が広く知ることとなった。
(反対を受けて、かわりに地域医療従事者に講習免除などのインセンティブをつけるという話が出てきた。)
・2021年3月:機構が正式に「義務化」する意図がないと発表した
詳細(主観も含めて)
~2020年12月
2020年12月までの経過は、記事①に詳細に書かれています。
機構内で、専門医資格更新の要件として医療従事を課すことが検討されていて、それを各学会に承認するよう求めたということのようです。
後に機構は「義務化する考えはない」と説明したものの、本来
課する(課す)=義務を割り当てる
という意味であり、やはり義務化が検討されていたのではないかと思います。
2021年1月下旬
この議論を、一般の医師たちが広く知ったのは、2021年1月下旬の日本専門医機構理事長へのインタビュー記事によってだったと思います。
この情報によって、SNSでは様々な議論がされました。医師たちがどんな発言をしていたかは後述しますが、最終的に、
この件で機構に抗議文を送りませんか。送り先はこちら。
という趣旨の呼びかけがされ、実際に抗議がされたようです。
2021年3月30日
こういった抗議に対し、日本専門医機構は発表を行いました。
全文はこちら:日本専門医機構
要点は下記の通りです。
・メディアやSNSで拡散されている地方勤務の義務化は「誤情報」であり、義務化する考えはない
・「自主的に地方勤務をすればインセンティブを与える」という形を考えている
義務化を検討しているというのは誤解、という趣旨ですね。
ただ当初から「単に地方勤務をした医師にインセンティブをつける」という話であったのならば、学会が「強い抗議」を行ったことの辻褄が合わないような気がします。
ともあれこうして、地方勤務の義務化騒動については閉幕となりました。
医師たちの反応
この件でSNSは、荒れました。主な声は、下記の通り(僕の主観での要約です)。
医師の勤務地を縛るのはいかがなものか
医師は国に雇われているわけなく、また医師を派遣する業務というのは認められていないはずです。「資格をタテに勤務地を縛るのはおかしい」というのが、最も受け入れられない点のようでした。
特に専門医資格更新前のタイミングは、子育て期にも重なり、あまりに負担が大きいということも反発を生んだ理由の一つだったようです。
なぜ2021年取得者以降に限定するのか
地域医療従事論の対象者は、新専門医制度で資格取得をした医師に限られていました(2018年専攻医開始、2021年以降資格取得)。
これについて、機構の理事長は
既に学会専門医を取得した先生方に対して適用するのは、あまりにも酷です。
と答えたとのことです。学年で線を引き、「ここより若い医師は地域医療に従事すること」と。
これも下記のような、反発を生みました。
・上の世代は、自分達が良ければそれでいいのか
・若い医師にとっては酷でないのか
※注釈:前述の通り、騒ぎになる前の2020年12月の段階で、学会上層部(=地方勤務対象外の医師たち)も「強い抗議」をしてくれていました。ただ多くの医師がこれを知ったのは、後になってからのことで、当初は「上の世代は...」という方向の反発も生まれていたようです。
専攻医募集のときに告知がなかったのに
先程も書いた通り、対象となったのは2018年から専攻医となった医師からでした。そしてこの議論がオープンになったのは、2021年です。
つまり専攻医募集の段階では告知がなかったにも関わらず、後から更新要件が追加されたというわけです。
これも反発を生んだ理由の1つのようです。
専門医資格を返上しようか・新たな機構を独自で立ち上げよう
「更新要件」として地域医療従事が必要だというならば、
・資格を更新せずに、返上してしまおうか
・医師が独自に、専門性を認定・担保する機構を立ち上げてしまおうか
こんな議論もなされていました。独自の認定機構を立ち上げるというのは、興味深い議論ですよね。
もともと「専門医資格が、機構や学会の集金の手段になっている」という声がありました。そのうえ勤務地の自由まで侵害し始めたら、資格や機構自体がそっぽを向かれかねません。
こうして一大ムーブメントに
こうして多くの議論や反発を生んだ結果、多くの医師が機構に対し、問い合わせや抗議をすることとなりました。
実際「義務化撤回」されるにあたって、SNSの力は大きかったのではないかと感じます。
この騒動は「あの話」に似ている
この騒動をみていて、
と感じました。
10万円給付も、当初はお米券・お魚券の給付という話でした。それがあまりに大きな反発を生んだため、後に「誤情報だった」と説明されました。
次に「低所得者世帯にのみ現金給付案」となり、最終的には「全員10万円」という話で落ち着いたわけです。
この流れは、当時から「アドバルーン」と解釈されていました。アドバルーンとはこんな手法です。
・政府にとって都合のいい案=風船をあげて、もし通れば儲けもの
・反発され、風船が落とされたら「誤情報」ということにして、次の風船をあげる
・こうしてギリギリの落とし所を探っていく
この手法に対抗するには、「諦めず、きちんと拒否していくこと」が重要となってきます。
この騒動から得られる教訓
医師の自由は今後も脅かされる
日本の文化として、
需要があるのに人が来ないならば、待遇を引き上げて来てもらおう
とはならず、
義務や罰則で縛って仕事に就かせ、待遇はそのまま
という流れになりがちです。
地域医療問題への対策は、古くは医局制度に始まり、医学部の地域枠制度と続き、そして今回の「専門医資格更新要件」という流れがあります。
地域医療の問題は、本来は全国民や政治が解決すべきことのはずです。
しかし現実は「医師個人の負担によって解消したい」という結論ありきで、それに対してどういう理由付けを行うかという試行錯誤が行われてしまっています。
不平等に対して抗議する人はいる
地域医療従事義務化の対象者は、2018年以降に専攻医となった医師のみでした。つまり、既に専門医資格をもっている医師たちには関係のない話だったわけです。
しかし、
・機構に対し「強い抗議」を行った、各学会上層部
・SNS上で抗議を呼びかけた、既に専門医だった医師たち
はそれを良しとはしませんでした。こういった姿勢は見習いたいものです。
抗議行動に意味はある
そもそも日本専門医機構の方針として、
・厚生労働大臣の指示のもと
・専門医資格制度のなかで、地域医療の偏在化の解消を目指す
というものであることがオープンにされています。
参照元はこちら:日本専門医機構
今回の騒動は「国としての意志」であり、機構自体がそれを基本方針としている組織であるわけです。この現実を前に、諦めた医師も多かったように思います。
ただ結果としては、抗議行動によって方針が覆りました。これを教訓として覚えておき、今後も理不尽な要求に対しては行動をしなければと思いました。
騒動が起こったときほど地に足をつける
この騒動の最中には、
・専門医制度がこんな改悪をされる可能性があります
・専門医資格を持っていなくても仕事はあります
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こんなビジネスをする人もいたようです。
もちろん専門医資格が必須である人ばかりではないでしょうし、時間をかけて考え準備をした結果であれば、専門医資格の放棄も間違いではないでしょう。
ただ後から振り返ると、騒動に反応するような形で大きな決断をしてしまうのは怖いと今回感じました。
まとめ
専門医資格更新に伴う地域医療義務化騒動について、解説をしてきました。
もちろん、地域医療=悪い職場環境というわけではありませんし、あまりに強く拒絶するのは失礼にあたると思います。解決すべき問題だとも思います。
ただ今回の件は、地域医療の問題を
・資格を理由に
・医師個人に背負わせようとしたこと
が良くなかったのでしょう。
今回得られた教訓を活かして、行動していきたいと思います。
教訓
- 医師の自由は今後も脅かされる
- 不平等に対して抗議する人はいる
- 抗議行動に意味はある
- 騒動が起こったときほど地に足をつける
さて、今回は以上です。